「エネルギー使いの達人とは?」(2019年6月号)
今回はふと、エネルギーのことを綴りたくなりました。
エネルギーは、物理的な意味でのガソリンとか電気や金銭や食べ物のほか、目に見えないエネルギー、電波とか氣などもありますね。
この目に見えないエネルギーの「意識」「氣」「想い」なども言ってみれば、ガソリンなのですよね。
たとえば、「A:願いや望みが叶うのか、不安」とか、「B:〇〇に気をとられて、やるべきことが手につかない」などというケースがあるとします。
これは、Aのケースについていえば、エネルギーという限られたガソリン(氣、意識)をプラス(望みがかなった状態)のイメージや方向に集中して注ぎ、それ以外の状況(不安、恐れ、心配)に、貴重なガソリンを流さないこと、ダダ漏れさせないことが大切です。ガソリンを流さなければ、不必要な不安、恐れ、心配と適切な距離を置くことができます。
Bのケースについていえば、エネルギーというガソリンを“意識して”自分のやるべきことに注ぐこと、〇〇にガソリンを取られないことイコール自分のガソリン(氣、意識)を漏らさないことが大切です。
★意識や想いを「ガソリン」だと認識していると(割り切っていると)必然的に、自分の「ガソリン(氣、意識)」を自分の人生の愛するもの、たいせつなもの、かなえたいものに沢山注ぐことができます。結果、そこが活性化(実現化)します。
そのうえ、自分のガソリン(氣、意識)を自分できちんと管理できること、これはエネルギー的な自立です。エネルギーの奪い合いや依存がないことだから、物心ともに満たされていくのでしょう。
そしてこの在り方が世界に広がったとき、世界から痛ましい出来事や戦争がきえていくのでしょう。
又、自分のガソリン(氣、意識)を自分できちんと管理できているとき、自分のやるべきこと(エネルギーを真に注ぐべきこと)がわかったり、何事もはかどったり、上手くいったりするのです。
エネルギー使いの達人で在ることは、大きな貢献に繋がるのかもしれませんね。
(以上です)