希望の話。1月に見た夢。
(2011年4月号)
日本人の力
今年(2011年)の1月下旬に、忘れられない夢を見ました。
螺旋の塔のような場所をぐるぐる回って走っていたときに、ある女性と出会いました。そしてその女性と双方の片手を合わせました。
その後、その女性がなんとも愛らしい可憐な鍵を渡してくださり、その鍵で、何か(箱とか扉とか形はありませんでした)を開けたところ、そこから光がいっぱい出てきて、そこで目が覚めました。
一見何の変哲もない夢ですが、なぜ忘れられないかというと、その女性が、日本を象徴するような方だったからです。
きっと、日本人の持つ資質が、希望そのものなのだろうなあと感じた夢でした。
そして、今日(2011年5月3日)に読んでいた下記ニュース記事で、その夢の意味を垣間見た想いでした。
どんな国難も“日本人”がいる限り日本は不死鳥のように蘇る
NEWS ポストセブン 4月19日(火)16時5分配信
日本の歴史を振り返ると、国が滅びても不思議ではないような危機に何度も直面してきたが、そのたびに日本人は逆境を跳ね返し、さらに強靱な国へと発展してきた。
まるでダメージを負った筋肉が、以前より強く、しなやかに「超回復」するように。
白洲次郎や福沢諭吉などの評伝で知られる作家の北康利氏は「どんな困難も、勤勉で気骨のある日本人がいる限り、必ず乗り越えられる」と激励する。
(中略)
何もかも失ってしまったわけだが、それでもまだ一つ残っているものがあった。
それは、ほかならぬ“日本人”だった。
匠の伝統を受け継いだ、手先が器用で我慢強く、向上心旺盛な、世界有数の勤勉な国民である。
ギリシャ神話では、パンドラの箱が開いた時、最後に残ったのが“希望”だったというが、戦後日本がすべてを失った時に残ったのは、まさに匠の伝統を受け継いだ“日本人”だったのだ。
その後、通産省の成功を見習って、いくつもの国が類似の役所を作り、貿易振興策を打った。
ところがそれらの国では、日本のような奇跡的な経済成長は見られなかった。
それは何故か? 答えは簡単だ。その国には“日本人”がいなかったからである。
欧米特権階級の中には“ノブレス・オブリージュ(位高き者、務め重し)”という考え方があるが、この日本というモラル高い国には、特権など享受しておらずとも“人としてどう行動するべきか”というプリンシプル(生き方の美学)を持つ人間が大勢いる。
津波の迫る中、最後の瞬間まで落ち着いた声で避難を呼びかけるアナウンスをして濁流にのみ込まれた南三陸町の女性職員・遠藤未希さん(25)
この悲話を耳にした時、私はまだこの国には“日本人”がいると確信した。
そして、まさにこの国の未来に希望の光を見せてくれた“未希”という彼女の名前に思わず涙した。
今この国が直面している困難な局面でもなお、“やむにやまれぬ大和魂”をもって立ち上がる彼女のような気骨ある日本人がいる限り、どんな国難が訪れようと、さらに強い国となって何度でも不死鳥のように蘇ることができる。
今回の未曾有の危機もまた、そうであるに違いない。柳ならぬ……竹に雪折れなし日本人の強さを世界に示す時は今、である。(転載以上)
遠藤未希さん、震災により天国に旅立たれた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
・追記(2014年4月21日)
遠藤未希さんのその精神は、埼玉県公立の小中高125校で副教材「天使の声」となって、翌年から、人への思いやり、社会への貢献する心育てる実話として、次代に伝えられています。