フリーエネルギーの本当の話
2011年10月 飯島秀行先生の静岡講演より
そこにあることを、思い出す
「自然法則はたった1つで、矛盾がありません」飯島秀行先生
2011年5月に、 たった1つの法則によって全てが動き、癒される方向に向かう事をご指南くださった、一般財団法人テネモス国際環境研究会の飯島秀行先生。
飯島先生の知恵により、放射能を超越する鍵の全体像を見せて頂き、
当日のお話をまとめてご紹介させて頂いたのが下記です。
そして今回2011年10月1日、静岡で飯島秀行先生の講演が開催されました。
テーマは『我々は生まれつきのフリーエネルギー。学ぶものではなく、認めていくもの』
上記講演で伺った情報をシェアさせて頂きたく存じます。
我々は生まれつきのフリーエネルギー
講演でまず見せてくださったのが、テネモスさんのフリーエネルギーモーターの技術。
今回の講演で実験で使用されたフリーエネルギーモーターのミニチュア版は、ホームセンターで売っているミニプロペラに、テネモスさんのモーターを付けたもの。
これを、普通の水(実験で使われたのはコンビニで販売されているペットボトルの水)に入れると、プロペラは回りだしました。
プロペラが回ったという事は、モーターから動力(電気)が発生している事。
これは、モーターの中の独自の技術によって水から電気が引き出されているものでした。
この技術により、テネモスさんは、残飯を短時間で肥料や土に変える機械も開発されています。
水中や空気中から、電気を集めてくることが可能な技術が、すでに実在していることを目の当たりにした瞬間でした。
まさに、「私たちはすでに持っている」なのです。
飯島先生は云います。
まず知識(常識)を手放す 常識とは固定化したもの。
固定化したものはフリー化つまり柔軟化しない。
水は電気 泥も電気だから、完全にフリーエネルギー。
私たちはうまれつきのフリーエネルギー、ここが原点です。
すでに(空気中や水中に引き出し可能な電気が)あると気づくこと、自分で考えること。
電気は作るものではなく、集めてくるもの。
本来、発電機という言葉自体ない。
そして大事なのは、
すでに(空気中や水中に引き出し可能な電気が)あると気づくこと、自分で考えること。
フリーエネルギーとはモーターをまわすことではない。
モーターをまわすのは、結果次元の話。
名前や形にこだわると、見えない。
答えを外にもとめず、先ずは自分で一歩踏み込んで考えてください。
概念(外念)ではなく、奥念です。
奥念し、圧をかけるとひらめく。
そして、1回自分で生んだもの(ひらめいたもの)は知恵だから忘れない。
たとえば洗濯や掃除も、
汚れという酸欠状態に酸素を充電するためのもの。
又もう1つの例としては、濡れた衣服を着ると気持ちが悪いのは、体の水分と衣服の水分が逆転するから気持ち悪く感じる。
…というように、原因の世界(電子の世界)の見方に奥念すると見えてくるものがいっぱいある。
又、セシウムについて言うと、原因の世界の考え方に還れば、糠漬けでセシウムを消すことのできる原理がわかる。
フグの肝は猛毒で、埋めても洗っても消えない。
しかし、糠漬けにすると消える。原因の世界ではすべて繋がっているから、その観点から、
糠漬けでセシウムも消えると気づく。
しかし、結果の世界は派生した形を見てしまうからフグ=セシウムという発想がわかず糠漬けでセシウムも消えるということに気づかない。
結果の世界に重きを置きすぎると、
知恵がすべて繋がっていることに気づかない。
結果(形)をいくら知ってもだめ。結果(形)の原因を見ないと。
キリストはこのことを「肉(結果)に生きるものは死」と説いた。
仏陀は「エネルギー(原因)に生きるものは死も衰えもない」と説いた。
原因を見る、それがフリーエネルギーの原点。
原因を見たら、電気は作るものではなく、空気中や水中から無限に引き出せるものであり、
イコール集めてくるものであるとわかる。
今回のお話を伺って、大事なことを思い出させて頂きました。
すでに持っているのに、遠くにあると思ったり、たいへんな労力や高額なお金を払わないと手に入れることができないと思ってしまう。そのように思い込まされているし、教えられてしまう。
世界の困難は「持っているのに、持っていないと思ってしまう」ことにあったのです。
日本1の納税額記録を持つ実業家の斎藤一人さんは言いました。
「足りているという地点から始めてください。
今この時点の自分で十分だという地点から始めてください。
なぜなら、十分ではないという不足意識からはじめるとマイナスを増やしてしまうのです。」
世界のエネルギー問題は、意識問題なのだという事に、気づきました。意識が変われば世界は変わるという言葉は机上の空論、精神論ではなく、現実的な、真実だったのです。
世界では、これまで多くの科学者がフリーエネルギーの技術(空気中や水中から電気を引き出す)を開発してきたのは皆様もご存知のとおりです。それらがこれまで日の目を見なかったのは、既得権益の都合によるもの、と云われてきました。
けれど震災後、加速したかのようにそういった本物の技術に多くの人々の関心が集中し、支持されてきています。それは、私含め多くの人々の価値観の変化なのでしょう。
書籍『ぜんぶ実験で確かめた 宇宙に たった1つの神様の仕組み』
★天職とは結果の世界の職業から、天(うまれつき)の職(天の使い)に戻っていくこと。命の使い、使命、天使とはこのこと。
すべてを解決できるテクノロジーは確かに存在することがわかった
いくつかの装置も完成した
宇宙に遍満する 無限の周波数と人々の心の周波数が一致するときに
初めてそのテクノロジーはこの世の中に実体となって 存在できるようになるのだろう
そのような社会の到来が一刻も早く実現する事を願ってこの本を記した(本文より)
書籍『ぜんぶ実験で確かめた 宇宙に たった1つの神様の仕組み』飯島秀行先生著
テネモス飯島秀行先生静岡講演会、私事メモより抜粋
★地球の救済とは、自己救済のこと。
自己救済とは結果の自分から原因の自分に戻していくこと。
原因の世界(元の気=元気)であれば病知らずだしセシウムを受け付けない。
国はセシウムで滅ぶのでは
なく、結果の世界に偏った考え方で滅ぶ。
★日本の昔話とは、日本語で書かれた聖書
ただ、訳せないだけ。
桃太郎や一寸法師の鬼退治。鬼とは自我の克服。
ここでいう自我とは、答えを外に求めてしまうこと。
浦島太郎の話では、1つ目の玉手箱をあけたとたん一気に老いてしまった。
玉手箱をあけるとは固定概念を身に着けること。
さらに2つ目の玉手箱をあけた浦島太郎は(さらに固定概念を身につけた浦島太郎は)
鶴になって飛んでいく。
鶴=渡り鳥。渡り鳥とは戻ってくる、つまり輪廻転生するという意味。
固定概念を手放し形の世界から本質(原因)の世界に戻ってくるまで、輪廻はくりかえされるという意味。
真理とは実践が伴わないものは無に等しい。
又、具体性がないと宗教になってしまう。
★医という漢字は弓の中に1つだけ矢が入っている。
つまり、体は1つにつながっているが、病院が科によって分かれているように、医(学)は1つしか分からない。
農という字は辰の上に円(曲)が振動して廻っている。
農業はすべてを司っている。
農学は原因の世界、医学は結果の世界。
どちらも大事なものだが、天地さかさま(医に重きを置きすぎる)になってはいけない。
★自然の意識と自分の意識が合致していれば、自然は自分を壊さない。
★正しい瞑想とは、人が大勢いたり音楽がかかっていたら、もしかしたら正しい瞑想には至らないかもしれない。
お風呂でゆっくりしたり、1人で横になったり。そんなときに正しい瞑想に入りやすいかもしれない。
ご注文フォームより365日受付中!